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同志社の科学教育と研究の歴史
-「ハリス理化学校」から「ハリス理化学研究所」まで -

同志社の科学教育と研究の歴史は、1890年「ハリス理化学校」での授業開始に始まります。「ハリス理化学校」は、新島が抱く科学教育への熱意に共感したアメリカ人J.N.ハリス氏の資金援助を受けて、「ハリス理化学館」(*1)竣工と同時に開校されました。今年で125周年を迎えます。「理化学」という言葉が、科学教育・研究の機関名あるいは建造物の名称に使われたのはおそらくこれが初めてであり、まさに日本における西洋自然科学(理化学)の幕開けといえるでしょう。「ハリス理化学校」の開校には、科学的視点は人々の幸福に欠くことができない、という理学士新島(*2)の思いが込められています。国際主義・自由主義・キリスト教主義は、同志社の全学的な教育・研究の理念であると同時に、これらは科学の根底に関わる真理をも的確に言い表しています。

「ハリス理化学校」の伝統を受け継ぎ、工学部設立10年にあたる1959年、今出川キャンパスに「理工学研究所」が設立されました。工学部と協力しながら、高度経済成長の中にあって、技術立国日本を支える役割を果たしていきます。1994年、「理工学研究所」は、工学部とともに京田辺キャンパスに移転し、2008年には、工学部が10学科から構成される理工学部に改組・再編されました。その後「理工学研究所」は、理工学部を中心とする理系2学部・3研究科の協力体制へと発展していきます。

一方、近年、様々な学内事情や社会、国際情勢の変化の中で、新しい課題も見えてきました。科学教育・研究における同志社の理念を、歴史的背景とともに、如何にしてより明確に学内外へ伝えていくのか。Creative Hillとしての京田辺キャンパスの魅力を再構築し、新しい教育・研究フィールドを創出できるような理化学シナジー(相乗効果)を、これからどのようにして生み出していくのか。また、人々に親しまれる研究所として、どうあるべきなのか。これらの課題について、研究所内での議論が活発になっていきます。

その議論を踏まえての解決策として、「ハリス理化学校」開校・「ハリス理化学館」竣工125周年にあたるこの年に、同志社の科学教育・研究の原点を再認識するところから始め、「ハリス理化学研究所」の誕生にいたりました。「理工学研究所」の改組にともなう名称変更です。「ハリス理化学研究所」は、京田辺キャンパスの6学部と6研究科が参加・協力し、すべての学部・研究科の教員全員が、兼任研究所員として行動を共にする新たな組織構成に改組されました。2015年度の「ハリス理化学研究所」の専任および兼任研究所員の総数は245名になります。

(*1)「ハリス理化学館」は、1979年に国の重要文化財に指定されました。
(*2)
新島は、1870年にアメリカのアーモスト大学を卒業し、「理学士」の学位を得ました。新島は、日本に大学がない時代、大学で学位を取得した最初の日本人になります。