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Creative Hill(創造の丘)としての京田辺キャンパス

同志社創立者の新島 襄は、1864年幕末の混迷のなか、日本が将来に向けて進むべき道を知るため、一人、ワイルド・ローヴァー号に乗船し、アメリカに渡りました。創造力に満ちた不屈の精神と行動力は、同志社大学、そして丘陵に悠々と広がる同志社京田辺キャンパスに引き継がれています(*1)。

京田辺キャンパスには、「先端技術・情報・生命・身体・心・コミュニケーション」をキーワードに、「理工学部」、「生命医科学部」、「文化情報学部」、「スポーツ健康科学部」、「心理学部」、「グローバル・コミュニケーション学部」の6学部と、大学院として「理工学研究科」、「生命医科学研究科」、「文化情報学研究科」、「スポーツ健康科学研究科」、「心理学研究科」、「脳科学研究科」の6研究科が設置されています。京田辺キャンパスは、自然科学系を中心とする創造性に満ちた学部・研究科群からなり、Creative Hill(創造の丘)の愛称でも親しまれています。

人々の幸福を願って、同志社が提案し、つくり上げてきた未来志向のキャンパスです。それぞれの学部・研究科が、特徴を出し合い協力しながら、未知のイノベーションに向かって、日々、前進しています。同志社建学の精神と理念のもと、京田辺キャンパスは、全国を代表する自然系学部を中心とした総合キャンパスへと発展してきました。新島が下村孝太郎と企画して今出川キャンパスに蒔いた一粒の種「ハリス理化学校」が、科学教育・研究の一大集積地となって京田辺キャンパスに実を結びつつあります。

(*1)京田辺キャンパスの校地面積は、甲子園球場の約60倍になります。